ある何かに対する態度によって、新たな断絶が生まれること。馬鹿馬鹿しいと思う。連帯するということは、連帯しないものと連帯しないということ。わかりやすく提示されるものしか見えない。教えられないと認識しない。
それがやさしさであれ悪意であれ、個人的に向けられたものを、私は大事に思う。ここはとても静かな部屋。ここから出たくない。
私は否定され諭され矯正されるべき立ち位置なのかもしれない。心底好きな人たちに対しても恐ろしさを感じる。
声を上げること、行動することが、大事だと言うけれど、それが示しているのは文字通りそうではなくて、然るべき声を上げ、然るべき行動をすることが求められている。想定され求められている。
お友達になりたいのに、あの人は、声を上げず、行動しない私を軽蔑しただろうか?同じ敵を作らなければ、仲良くなれないのか。